2.マイケル
VS李戦の謎このような異種格闘技戦のトーナメント大会の場合、次のような
2つの考え方があります。(1)一回戦ではできるかぎり、闘い方・選手のタイプが似ており、闘いが噛み合う
組み合わせとする。二回戦以降から徐々に異種格闘技色を濃くしていく。
(2)一回戦から闘い方・選手のタイプがまったく違う、異種格闘技色の濃い組み
合わせとする。
この最大トーナメントの一回戦では、明らかに(
2)の考え方、巨漢VS小兵,若者VS超ベテラン,打撃格闘技VS組討ち格闘技,正統格闘技VS喧嘩師(や狩人等),といった、タイプがまったく違う選手同士を意識的に組合わせています。もし仮に、闘いが“噛み合う組み合わせ”を選んでいたならば、次のような組み合わせが考えられたところです。
・花山薫
VSジャック・ハンマー : 巨大鉄拳同士のブン殴り合い。・金竜山
VSロジャー・ハーロン : 熱のこもった力相撲。・セルゲイ・タクタロフ
VSローランド・イスタス : 関節技世界一決定戦。・ロブ・ロビンソン
VS李猛虎 : 蹴り対蹴りのガチンコ勝負。・畑中公平
VSセルジオ・シルバ : ルーツが同じ。柔道対柔術。・加藤清澄
VS柴千春 : 喧嘩屋VS喧嘩屋。・三崎健吾
VS渋川剛気 : 護身術対決。このような“噛み合う組み合わせ”は一回戦ではほとんど実現していません。噛み合っていたのは愚地独歩
VSリチャード・フィルス戦くらいのものでしょう。(独歩が自分の趣味で合わせた感じですが…) あと、ラベルト・ゲランVS加藤清澄も、実現していれば喧嘩屋同士で噛み合っていたかもしれません。これはこれで一つの考え方でしょう。タイプの違う試合というものは、“瞬殺”になってしまうことが多いですから、一回戦に集中させ、勝ち残った者同士で対戦させようという考え方でしょう。
また、無名の強豪(ズール,柴,三崎,など)を、ネームバリューはあるが異種格闘技戦での実力はイマイチの選手(シットパイカー,畑中,クイン,など)とぶつけ合わせ、観客に実力をアピールする、という目的もあるでしょう。
以上、一回戦の組み合わせの原則をまとめるとこうなります。
・出場選手が特別に希望した対戦:紅葉
VS昂昇,など。・巨漢
VS小兵:リーガンVS刃牙,など。・若者
VS超ベテラン:ロビンソンVS猪狩,など。・打撃格闘技
VS組討ち格闘技:烈VSタクタロフ,など。・正統格闘技
VS喧嘩師:畑中VS柴,など。さて、徳川御老公がこのような基本思想に基づいたマッチメイクをしていたとします。すると最大トーナメントの一回戦
16試合のうち、以上の原則のどれにも当てはまらない組み合わせが、1試合だけあります。それは、アイアン・マイケル
VS李猛虎戦です。体格も大差というほどではなく、年齢も大差なく、どちらも(手技と足技の違いこそあれ)正統派の打撃系格闘技です。
この試合はどちらにとって有利な対決かというと、断然、李にとってオイシイ対決です。
世界最強の男と呼ばれるプロボクシング世界ヘビー級チャンピオンであり、超スーパースターであるアイアン・マイケルです。もしも倒すことができたなら、格闘士にとってこれほどの勲章はありません。
さらに、アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップを見てもわかるように、ボクシングはなんでも有りの大会では(下半身攻撃がない,組み技がない,寝技がない,などのため)たいへん不利のようです。李がやったようなスライディングしながらの下半身キックは、猪狩を始め多くの選手が対マイケル作戦として考えていたことでしょう。ですから、おそらくアイアン・マイケルとの対戦は、かなり多くの選手が希望していたはずです。
それがなぜ、李が対戦相手に選ばれたのでしょうか。李が要望したことでしょうか。
この謎は、こう考えてはどうでしょうか。
そもそも、ワンマッチで
1,000万ドル稼ぐマイケルが、このような大会に出場してくること自体が、大変なことです。御老公にとっては、嬉しい反面、マズイことになったと思ったのではないでしょうか。なぜならば、マイケルにはマネージャのサムを始め、懐に拳銃をしのばせた取り巻きが大勢います。ギャングか? もしやマフィアか? とも思われますが、もしマイケルが大怪我でもし、再起不能にでもなったなら、この連中が黙っているはずがありません。大会前、サムたちは御老公のもとを訪れ、拳銃をちらつかせながらこう脅しをかけたに違いありません。
「マイケルの意志は固い……。一試合は仕方がねェ。だが、そのワンマッチだけで終わりにするんだッ。いいか、マイケルに大きなダメージを負わせずに、一回戦で敗けにしろッ。
もしマイケルの体に何かあったら……ジイさん、どうなるかわかってんだろうな!」
ドスのきいた声でこう凄まれ、さァ御老公はビビリあがりました。そして悩みました。アイアン・マイケルに怪我を負わせずに優しく勝てる相手? そんな格闘士がいるだろうか……。
一回戦に出場の
31人の中から、次の条件で選択をします。・プロ,及びセミプロの格闘家は除外。(プロに敗けてしまえば、勝った選手は
勝ち誇って派手に言いふらすだろうし、シャレにならない)
・精神的に安定した選手であること。(何をしてくるかわからないズールや花山
や昂昇など、とんでもないッ)
・紅葉
VS昂昇など、特別に希望された対戦の選手は除外。なお、プロの興行に(モデルとなった選手が)出場しているズール,タクタロフ,シルバはプロ,セミプロとみなします。
すると残るのは、稲城,李,畑中,三崎,渋川,ハーロンの
6人です。この中で、腕をヘシ折る技を使う畑中はちょっとマズイでしょう。直突きを得意とする稲城は、意地になって正面からパンチの勝負を挑むでしょうから、これも勝ち目は薄く除外。またハーロンでは実力不足です。勇次郎のストレートパンチをまともに顔面ど真ん中で受けてしまったように、パンチ攻撃には弱いようなので脱落です。渋川は適任なのですが、マッチメイクの段階ではさすがに高齢すぎてマイケルは荷が重いのでは? と御老公は判断したのでしょう。さて残るは李と三崎です。傷つけぬようにやんわり敗退させる……という条件からは三崎が最も適任と思われるのですが……。しかし、少林寺拳法は演舞格闘技です。実戦はおそらく初めてであろう三崎では、マイケル相手にはちと不安……。一方、李は北朝鮮と常に緊張関係にある韓国の軍人です。その気迫の差を御老公は評価したのであろうと思われます。
李のスライディング・キック作戦は、御老公の仲介で猪狩が李にコーチしたのでしょう。そして、試合では李はマイケルの脚を蹴りまくるであろうから、マイケルが進退きわまった適当なタイミングで、サムがタオルを投げる。そういう話し合いが、御老公とサムの間にできていたのだと思われます。
さて試合です。李はマイケルの膝に関節蹴りッ。飛び横蹴りッ、スライディングしてのローキック、ローキック!
(ああっ、李猛虎ッ、やり過ぎるなよっ)
御老公は気が気ではありません。マイケルは後退し、柵に追いつめられました。今こそサムがタオルを投げる時です! ところがその瞬間ッ。
「さ…………柵をキャンバスに!」
背後の柵に足をついてのマイケルのストレートパンチがきまりました。李は失神です。
この時の御老公の、口をあんぐり開けた表情を見て下さい。単に驚いたといった人間の表情ではありません。まさかマイケルが勝つとは思っていなかったのに、勝ってしまった。まずいッ。あのギャング連中が黙ってはいないだろう……。そういう恐れの表情だったのだと考えられます。