4.愚地独歩の描いた青写真とは
徳川御老公が、マッチメイクの上で愚地独歩の意見を大幅に取りいれている、ということは以上の論証から明らかです。
ところが、そうだとしてあらためて対戦表を見てみると、これはちょっとないんじゃないの? という思いにかられます。
まず愚地克巳について見てみましょう。一回戦が関節技の達人、ローランド・イスタス。独歩がかつて闘い引き分けた、ビル・ライレーの弟子であり、ライレー以上の天才です。二回戦は稲城か花山かですが、まず喧嘩師・花山で動かないところです。三回戦はタクタロフ,烈,ゲラン,加藤の誰かですが、独歩は中国拳法に詳しいようなので、魔拳・烈海王を知らなかったはずはありません。まず烈が勝ち上がると予想していたはずです。
そしてもし烈に勝っていたとすれば、準決勝の相手は刃牙(地下闘技場現チャンピオン)か猪狩(地下闘技場元チャンピオン?)か、でしょう。
さらに決勝の相手は(誰とやっても敗ける要素が見つからない愚地流が完成したのですから)義父である独歩自身になる、と独歩は考えていたに違いありません。
つまり──
自分もかつて不覚を取った関節技の達人に勝ち、異種格闘技戦の王者に。→ ヤクザの最強喧嘩師を倒し、ケンカ空手を完成。→ 中国拳法の最高峰を倒し、名実ともにカラテの完成者に。→ 地下闘技場の現王者か元王者を倒し、事実上の地下闘技場チャンピオンに。
このように、自分もかつては歩んできた道を、息子・克巳にも辿らせたい(安直に一晩で!)と独歩は考えていたのでしょう。そして最後には「克巳よ。この俺を超えてみなッ。それでこそ真の地上最強カラテの完成だぜ!」という「巨人の星」の星一徹みたいなことを考えていたのでしょう。
では、加藤清澄の役目は何だったのでしょうか。それは「烈の偵察要員」です! 一回戦ではゲランというオイシイ相手と闘わせてもらえるものの、二回戦では強敵・烈海王と対戦。ここでできる限り烈の技を引き出させ、克巳に研究させようという考えでしょう。
このように、独歩は細部まで克巳のために考えてマッチメイクを工夫した(そして御老公に進言した)のです。
もし万が一加藤が烈に勝ってしまったとすれば、どうなるか。加藤の役目は、克巳の噛ませ犬にかわります。
かつて独歩は、加藤に対し「そういうオマエ(拳銃や日本刀で磨かれたモノホンのケンカ空手を身につけた男)だからこそ、オレの技を継ぐ権利がある」と言っています。加藤を自分の後継者に考えているかのような発言ですが、実は独歩にはすでに克巳という、養子でもある立派な後継ぎがいるのではありませんか。実は独歩の真意は、「そういうオマエだからこそ、オレの後継者である克巳の噛ませ犬になる資格がある」ではないでしょうか。
噛ませ犬と言って悪ければ、エリート空手家,坊ちゃん空手家である克巳に対して、喧嘩の怖さを教えてやる教師の役目、とでも言いましょうか。大会後、ドリアンに倒された克巳は、加藤を「師匠」と呼び、喧嘩を教わったようですが、元々は独歩が画策したことだったのです。
さて、その一方で独歩の対戦相手はどうでしょうか。一回戦がシカゴの酒場の用心棒リチャード・フィルス。パンチの強さとタフネスは驚異的ではあっても、パンチはすべてテレフォン・パンチですし、喉への貫手攻撃には耐えられませんでした。つまり飽くまで独歩にとって趣味の闘いだったのであって、技のないフィルスに勝つこと自体は簡単なことだったのです。
二回戦はシャーマンか山本。前述したようにシャーマンは意外に強かったのでは? とも思えますが、独歩に勝てるとは思えません。
また山本が勝ち上がったとすれば、なおさら独歩には勝てません。山本は根性なしです。天内戦を見る限りでは上顎が砕けた重傷を負ったように見えますが、ガーレンが選手控え室に現れたときに元気そうな姿を見せてます。「ガ、ガーレン……」などと呟き、ラ行の発音をしていますから上顎も無傷でしょう。それなのにその後、勇次郎と闘う9人がけには不参加です。ビビッて逃げ出したのに違いありません。(実際には二回戦はVS天内となり、独歩は大苦戦をしましたが……)
三回戦でようやく、達人・渋川剛気という強敵とめぐり合います。「あなたに勝つことは全空手家の夢だ」と言っていますから、これも独歩の計算通りでしょう。二回戦で渋川VS昂昇戦となるようにマッチメイクし、渋川の対空手戦法を抜け目なく研究もしています。
またもし独歩が渋川に勝ったならば、準決勝戦の相手は誰になるのか。もし独歩が──
・ジャック・ハンマーが範馬の血であり、意外な強敵であることを知らなかった。
・アレクサンダー・ガーレンのCブロックからの参戦を予想できなかった。
この2点が成り立つとすると、Cブロックで勝ち上がると独歩が予想したのは……おそらく「向う気の強ええいいツラ構えだ」と誉めていた、セルジオ・シルバでしょう。
渋川流柔術,ブラジリアン柔術,どちらも強敵ですが、どちらも──
・こちらから攻撃しなければ、相手からの攻撃技はあまり恐くない。(もし攻撃
してくれば菩薩拳で迎撃)
・危なくなったら、早めにギブアップすれば再起不能の重傷を負うようなことは
ない。
という共通点がありますから、独歩にとって勝てるとは断言できないまでも、それほど恐ろしい相手ではないでしょう。
以上のように、B,Dブロックのマッチメイクはほとんど独歩が一人で考えたようなものです。そしてそれは、克巳にとっては大変な試練の道であり、独歩にとってはほとんど自分の趣味で決めたような、楽で安全な組合わせだということが言えます。
なんという違いでしょう。なんという独歩の狸親父ぶりなのでありましょうか!
まあ、勇次郎戦で一度殺された肉体のダメージが、思ったより大きかった……ということもあったかもしれませんが。
しかし、これは独歩が、ジャックが「範馬の血」であることを知らなかったと仮定しての推理です。本当に独歩は知らなかったのでしょうか。次章で検討してみましょう。