
5.ジャックの正体は気付かれていたか
ジャックが「範馬の血」であることを、愚地独歩は気付いていたのでしょうか。もし気付いていたならば、大切な克巳が「範馬の血」と2度も闘う、などという可能性を作らず、2人ともAブロックにかCブロックに入れて、潰し合うようにさせたはず……これが常識的な考え方です。
しかし一方、こうも考えられます。勇次郎との再戦を望んでいる独歩としては、勇次郎戦の前に、「もう一人の範馬の血」と闘ってみたい……こう考えたのかもしれません。また愚地独歩・克巳親子の力で、刃牙・ジャック二人の「範馬の血」を倒してこそ、自分か克巳かが勇次郎に挑む資格が生まれるのだ……こう考えたのかもしれません。
さて、独歩がジャックの正体に気付いていたとしたならば、ジャックの初登場、すなわちVSセルジオ・シルバ戦の時の独歩の表情はどうだったのでしょうか。
セルジオ・シルバは明らかに、独歩自身が認める優勝候補の一人です。そのシルバがジャックに爆殺された瞬間、独歩はさぞかし驚愕したであろうと思われますが……。
単行本第25巻の29ページを見てみましょう。シルバが倒された直後、花田と刃牙はポカンと口を開け、眼を丸くしていました。刃牙などは冷汗を流し、腕を握り締めています。ところが……独歩は平然とした顔をしています。
さらに勇次郎が闘技場に入ったときです、31ページでは独歩は「ガマンしろと言う方がムリか…」などと、何か裏の事情を知っているような発言をしています。
刃牙が二人の間に入ったとき、37ページを見ると花田はうろたえているのに、独歩はうつむき、考えに沈むような顔つきをしています。バックのスクリーントーンも何か深い考えがあることを示す模様です。
またさらに44ページ、ジャックが勇次郎に「ぼそ…」と何か(おそらく、オレはジェーンの息子だ、とか)耳打ちしたときに、独歩はハッとしたような表情を見せています。
これらはいかなることを意味するのでしょうか。つまり独歩は、この3人が“同じ血”であることをすでに知っていたのではないでしょうか。
独歩がジャックの正体に気付いていたならば、徳川の御老公もまた気付いていたのでしょうか。ジャックVSシルバ戦の間の御老公の表情と発言を見ると、
・ジャック登場時、隣りの勇次郎に聞かせるように「ピットファイターか。賞金目当て
のケンカ屋ちゅうところかの」
・シャツを脱いだジャックを見て、冷汗を流しながら「凄い傷じゃのォ……」
・闘技場に入る勇次郎に、ひどく狼狽して「〜〜ッ。チョ……どうする気じゃ勇次郎ッ」
・ジャックに喧嘩を売る刃牙を見て「な…なんちゅう……」
御老公はイタズラ好きです。しかし心に何か秘密を持っている場合、それを隠しておける性格ではありません。刃牙に鎬紅葉戦のことを伝えたときのように、どうしても顔に出てしまいます。また刃牙VSズール戦のときの「素手で仕留めた動物の数となると……」の論議のように、相手が勇次郎であっても面白い話題は積極的に話しかけていくようです。
となると、隣りに勇次郎が坐った状況でジャックが登場し、(ホホホ……ッ、まだ知るまい。あれはオヌシの息子なんじゃよッ)という内心の思いを御老公が隠せるでしょうか。
ジャックが勇次郎の息子であることを御老公が知っていたならば、その後の展開に何も驚くようなことはありません。勇次郎が範馬の血にひかれ闘技場に入ろうとするのも当然予想できることであり、いまさら狼狽する理由がありません。
こう考えると、御老公が「ジャックが勇次郎の息子である」ということを知っていた可能性は極めて小さい、と思われます。
またこの点に関して別の観点から考証してみましょう。ジャックの参戦に関し、次のようなさまざまな可能性が考えられます。
A.カナダのピットファイティング(賞金を賭けた殴り合いの大会)で無敵の強者だ
ったジャックを、スカウトマンが見つけて連れてきた。(ドーピングや範馬の血
のことはわからなかった)
B.トム・ハリソン(キックボクシングの名トレーナー)や柔術ジムのトレーナーの
口からジャックのことが大きな噂になっており、スカウトマンが耳にした。
(ドーピングのことは薄々わかっていたが、範馬の血のことはわからなかった)
C.ジョン博士が最大トーナメントのことを知っており、スカウトマンに(または
御老公に直接)ジャックのことを売り込んだ。(ドーピングのことは言ったかも
しれないが、範馬の血のことはわからなかった)
D.ジャック自身、または母・ダイアン・ニールがスカウトマンに売り込んだ。(ドー
ピングのことも範馬の血のことも伝えている可能性が高い)
ここでAは、ピットファイターとしての過去の回想シーンがまったく出てこないので、可能性は低いでしょう。ピットファイターうんぬんは作り事だと思われます。
またBは、カナダの一地方都市の一角に「とんでもなく強い男がいる!」という噂が広がっていたとしても、たった30人弱程度のスカウトマンが世界中に散り、数ヶ月以内にたまたまジャックにめぐり合う確率は、極めて小さなものだと考えられます。
ドーピングしているジャックは、正式の格闘競技の大会なんかには出られません。ですからジャックの名前が急激に有名になることはないはずです。
Cはどうか。ジョン博士はジャックのドーピングの暴走に怖れを感じ始めていましたから、自分から最大トーナメントにジャックを売り込むなどということはしないでしょう。
また、ジョン博士が最大トーナメントのことを詳しく知っていたならば、「1トンもの大型猛獣を凌駕する超暴力のあの男!」が現れる可能性が高いことを知らないはずがありません。そうなれば、ジョン博士も東京ドーム地下までやって来て、観客席に陣取るに違いありません。そうはならなかったので、詳しいことは知らなかった、となります。
となるとDでしょうか。母・ダイアン・ニールが東京ドームに現れたということは、ダイアンがジャックの黒幕であることは間違いないでしょう。ダイアンは、憎しみゆえか愛ゆえか、勇次郎を探してジャックと闘わせることを望んでいたようです。独自の調査により(元女スパイですからお手のもの)地下闘技場のことや刃牙のことを、知っていた可能性があります。ダイアンがジャックをスカウトマンに売り込んだのでしょうか。
しかし、まったく無名のジャックを売り込むためには、やはり勇次郎の息子であることを話す必要があったでしょう。それならば──
それならばどうして御老公が、ジャックの正体を知らないのでしょうか?
考えられることは、実はジャック(またはダイアン)は御老公のスカウトマンに売り込んだのではなく、愚地独歩の方が先にジャックのことを知ったのであり、御老公には独歩が推薦して出場が決まった、ということです。
ジャックには空手の心得があるようです。ガーレンに対し肋骨の下に貫手をブチ込んでいますが、キックボクシングにはそんな技はありません。これは明らかに空手の技です。
ジャックは、キックのジムやウェートトレーニングジムの他、数ヶ所のトレーニングジムに通っていたようです。その他のジムとしては柔術のジムしか出てきませんが、実はジャックは神心会のカナダ支部道場に通っていたのではないでしょうか。そしてそのカナダ支部を通じて独歩に情報が伝わり、興味を持った独歩がジャックに連絡を取り、ジャックが「オレは勇次郎の息子」ということを独歩に伝えたのではないでしょうか。
こう考えると、ジャックが一回戦でセルジオ・シルバと闘ったのも、実は独歩の考えでしょう。ジャックが勇次郎の息子であることをまだ完全には信じきってはいない独歩は、優勝候補の一角であるシルバとジャックを闘わせ、ジャックの実力を測ろうと思ったのではないでしょうか。
こうなると、独歩はむしろ大切な克巳を守るため、最も恐ろしい敵・ジャックと身を挺して準決勝で闘うつもりだった、ということかもしれません。